ニジンスキー

ニジンスキーのことを書いてみようと思いました。


私たちが見ているバレエ

これはおよそ200年前ぐらいに生まれ

19世紀は女性中心

20世紀は男性中心

21世紀はどうなっていくのでしょう


世界で一番バレエ教室が多いと言われている日本


ニジンスキーは

1889年3月12日

ロシアンキエフで生まれました。

両親ともポーランド人のダンサーで

旅回りの途中で彼を生んだのでした。

なので

血筋からいえばニジンスキーはポーランド人なのですが

ロシアで育ったということでは

ロシア人ということでしょう。

ニジンスキーのは2歳年上の兄と

2歳年下の妹がいて

彼のお兄さんは

少年時代は知的障害児で

ぼんやりしている子供のようだったが

思春期以降

発作的2暴力を振るうよう2なり

精神病院に隔離されたとのこと

第一次世界大戦の時期

病院で死亡。


ニジンスキーは何度も精神病院に兄をお見舞いに行きました

彼の手帳にはこのよう2書かれています。

「私は狂人が好きだ。彼らはちゃんと話ができる、兄が精神病院にいた頃、私は兄を愛し

兄はそれを感じ取ってくれた。兄の仲間たちは私を愛してくれた。当時、私は18さうだった、

私は狂人の生活が理科できた。私は、狂人の真理を知っている。私は狂人のいうことに逆らわない

だから彼らは私を愛する」


shizuko ballet studio

メディチ家のお姫様が、ルイ13世と結婚する際に バレエをフランスに持ってきました。フランスはバレエの総本山となりました ルイ13世の子供は、自らバレエを踊り、自らを太陽王と名乗りました。 高齢化社会を迎える日本。身も心も美魔女でいてほしい。そんな願いからドーパミンバレエが誕生しました。

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